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二藤瑠花の落としもの

沖縄で文学をするとは⓶

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●地方にいることの批評性

沖縄で文学をするということは、しばしば「不利」として語られます。

出版の中心は東京にあり、文学賞の選考委員も、編集者も、多くは首都圏に集中している。書店の棚も、イベントも、批評のネットワークも、中心はやはり東京です。

けれど、私は最近、「地方にいること」は本当に不利なのだろうか、と考え始めています。

むしろそこには、ある種の批評性があるのではないか、と。

中心にいないということは、中心を相対化できるということです。

東京の流行、文学界の空気、賞レースの動向。
そういったものから物理的に距離がある。距離があるからこそ、「それは本当に自分に必要か?」と立ち止まる余白が生まれる。

もし私が東京に住んでいたら、もっと焦っていたかもしれません。
もっと早く結果を出さなければ、と急いていたかもしれません。
もっと“文学らしい文学”を書こうとしていたかもしれません。

沖縄にいると、良くも悪くも、そうした熱狂の渦中には入れません。

けれどその外側にいるからこそ、見えるものもあります。

たとえば、「中央」と呼ばれる場所が、どれほど一極集中しているかという構造。
たとえば、地方の物語が“珍しさ”として消費される瞬間。
たとえば、「沖縄らしさ」を期待される視線。

地方にいるということは、常に「語られる側」に置かれやすい立場でもあります。

観光地としての沖縄。
歴史的記号としての沖縄。
痛みの象徴としての沖縄。

けれど、私はその語られ方に、少し距離を取りたい。

沖縄をテーマにしなければいけないわけではない。
沖縄の歴史を書かなければいけないわけでもない。
しかし、沖縄に住んでいるという事実からは逃れられない。

この微妙な立ち位置こそが、私の批評性なのだと思います。

そして私は、ただ一人でこの問いを抱えているわけではありません。

大学時代、私は先輩たちとともに文芸誌「煉瓦」という団体に所属していました。自分たちで詩のフリーペーパーを制作し、印刷し、沖縄のギャラリーに置いてもらう。誰かに依頼されるわけでもなく、資金が潤沢にあるわけでもなく、ただ「ここで文学をしたい」という思いだけで作り上げた小さな媒体でした。

中央の出版社から声がかかるのを待つのではなく、自分たちで紙を刷る。

それは、ささやかな実践でしたが、同時にひとつの批評でもあったのだと思います。

文学は、東京にしか存在しないのか。
出版社がなければ、文学は生まれないのか。

私たちは、そうした前提を、無意識のうちに疑っていたのかもしれません。

そして今、私には小さな目標があります。

「煉瓦」が、いつか中央の出版社のように、芥川賞をはじめとする文学賞の受賞作家を輩出できる出版社のような存在に育つこと。

それは、途方もない夢です。

けれど、その夢を抱くこと自体が、地方にいることの批評性なのではないかと思うのです。

中央に吸収されることを成功とするのではなく、
地方から発信し、地方で育ち、地方から評価される流れを作ること。

そのためには何が必要なのか。

継続か。
批評の土壌か。
資金か。
覚悟か。

正直に言えば、まだ分かりません。模索の途中です。

けれど、模索しているという状態そのものが、沖縄で文学をするということなのかもしれません。

地方にいることの批評性とは、中心を否定することではなく、中心だけを唯一の尺度にしないこと。

沖縄で文学をするとは、
ここで書き、ここで作り、ここで育てる可能性を、あきらめないこと。

それが、今の私の、ささやかな結論です。

更新日:2026年2月22日


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