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二藤瑠花の落としもの

伊豆という頁の余白に

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伊豆、と言えば、
多くの人が思い浮かべるのは 伊豆の踊り子 だろう。
若い旅人が半島を南へ下り、踊り子の一行と出会い、やがて別れる。
物語は淡く、そして静かに閉じる。

私にとっても、伊豆は一冊の本のような場所だ。
ただし、その頁は少し湿っている。

あのとき私は、峠を越える列車の窓から、春なのに冷たい光を見ていた。
海は遠く、山は近く、すべてが少しだけ現実味を欠いていた。
物語の登場人物になったような、妙な浮遊感。

旅は、整えられた段取りの上にあった。
時刻表、会議、挨拶、宿泊。
几帳面に並べられた予定は、きちんとした大人の証のようで、
私はそれをきちんと持ち運ぶつもりだった。

けれど、物語というものは、
往々にして余白から滲み出す。

夜の空気は思ったよりも薄く、
峠道は地図よりも長かった。
声は遠くで反響し、
私は自分の足音をうまく拾えなくなった。

踊り子は現れなかった。
代わりに、名もない影が、
物語の端をひっそりと書き換えていった。

翌朝、海はいつも通り青かった。
観光パンフレットの写真と同じ色。
世界は何事もなかったかのように続いていた。

けれど、私の中の伊豆は、
そこから少しだけ頁の向きが変わった。

それでも私は、本を閉じなかった。
閉じてしまえば、そこまでの物語になるから。

いまも伊豆という言葉を耳にすると、
胸の奥で小さな風が立つ。
けれど同時に、あの半島の光や、
車窓を流れる山肌の緑も思い出す。

物語はひとつではない。
あの旅は、決して一色ではなかった。

踊り子がいなくても、
峠を越えられなかったとしても、
頁はまだ残っている。

伊豆は、終わった章ではない。
いまも書き直しの余地を残した、
静かな余白のまま


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