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二藤瑠花の落としもの

冒険をしよう

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Q.10代の自分に対するアドバイスをするなら?

A.冒険をしよう。その一言に尽きます。

引きこもりがちで、それこそ、インターネット生活の長かった10代。

物理的移動はほとんどありませんでした。特に変化のない家族との生活。代わり映えのしない日々。それの繰り返しの10代でした。デジタルネイティブの現代の10代を見ると、Youtubeでvlogを投稿したり、友達と企画をしてみたり、海外旅行に行ってみたり…と、とにかくアクティブに生きている印象です。

私は、そうした外的刺激のない10代を過ごしていました。例えるなら、かたつむりのようです。自分を守る家を持っていて、少しでも不安なことがあると、殻に閉じこもる。そうして、心を守っていたような気がします。

一人っ子の私は、学校生活を共有できるような兄妹もおらず、それこそ、自分の中で完結してしまっていた。それが、創作活動にもつながっているかもしれません。

けれど、いま振り返って思うのです。

かたつむりのように生きていた10代は、本当に「何もなかった」のか、と。

殻に閉じこもっていた時間は、外から見れば停滞に見えるかもしれません。でも、殻の内側では、確実に何かが醸成されていました。インターネットの海を泳ぎながら、言葉を集め、音楽を聴き、知らない誰かの人生に触れていた。物理的な移動は少なくても、精神は意外と遠くまで旅をしていたのです。

たしかに、YouTubeでvlogを投稿したり、友達と企画を立てたり、海外に飛び出したりする10代は、眩しく見えます。行動量、発信量、経験値。そのどれもがダイナミックです。でも、冒険は必ずしも「遠くへ行くこと」だけではありません。

当時の私に言うなら、こう付け加えたい。

殻を持っていることを、否定しなくていい。
でも、殻ごと少しだけ、動いてみよう、と。

殻を脱ぎ捨てる必要はありません。いきなり海外に行かなくてもいい。大勢の前で何かを発表しなくてもいい。ただ、いつもと違う本を一冊手に取るとか、知らないジャンルの音楽を聴いてみるとか、クラスで一度も話したことのない人に挨拶してみるとか。そういう小さなズレが、あとになって効いてきます。

私は、変化の少ない10代を過ごしました。

けれど、その静けさがあったからこそ、内側の声を拾うことができたのだとも思います。一人っ子で、共有できる兄妹がいなかったからこそ、自分の感情を言語化する癖がついた。誰にも見せなくていいノートに、延々と書き続けた言葉たち。それが、いまの創作の土台になっています。

もし10代の私が、もっと外へ外へと出ていたら、違う人生になっていたかもしれません。でも、いまの私の文章は、あの静かな部屋で育ったものです。

だから、アドバイスはこうです。

「冒険をしよう。けれど、自分の速度で。」

他人の10代と比較しなくていい。アクティブさの形は人それぞれです。かたつむりには、かたつむりの旅がある。雨の日にしか進めない道もある。

そして何より、10代のあなたは、思っている以上に可能性のかたまりです。
いま閉じこもっているその殻も、いつかあなたを守った証になる。

安心して、少しずつ、外の空気に触れてください。

殻の内側で育てた感受性は、きっと未来のあなたを助けます。


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